2015年 2月16日〜28日
2月16日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 チップがロビンの手元に吸い寄せられていく。
 ぼくの手元にはもう数9千しか残っていない。

「ミハイル?」

「オールイン」

 ぼくは手持ちを全額出してゲームを続けた。
 次で終わりだ。手札をぼんやり見る。

 スペードの5とハートのJ。

(悪くはないが、それだけだ)

 ロビンを見ると、彼はカードをちらと見てすぐ箸置きを乗せ、プロテクトした。
 チップの山をごそっと差し出す。

「2万」

「レイズ」とアルが4万出す。

 ぼくは待つのみ。死体同然だ。だが、ハッと目がさめた。
 場札にJと5が出ていた。


2月17日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 場札はスペードのJとクラブの5、ダイヤの7。

(Jと5のツーペア。もしや――)

 ロビンが4万さしだす。
 アルがレイズして8万。

 アルの手札も悪くないようだ。彼もJを持っているのか。
 二枚持っていたらかなりまずい。

そして、場札4枚目。

(……)

 ダイヤのQ。
 状況かわらず。

「チェック」

 ロビンは賭けず、据え置いた。
 アルはまた倍賭けして16万。

「ロビン?」

「降りる」

 場札5枚目がめくられた。

(!)

 クラブのJだった。

 ショーダウンでロビンがいぶかるようにぼくを見た。

「また生き延びたのか」


2月18日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 首の皮がつながった。

 アルは5のスリーオブカインド。

 が、ぼくはJ三枚と5二枚でフルハウスが出来ていた。

 9千しか賭けていないので、取り分は2万ほどだが、生き残った。
 アルが感嘆する。

「不死身か、ミハイル」

 ロビンも言う。

「さっきから死にそうで死なない。変な運があるよな」

 次、ぼくはまた全財産2万を賭けた。

(スペードQと9)

 同スートだ。希望はある。

「わたしもオールインだ」

 アルが突如、宣言した。おお、とみんながどよめく。
 ロビンがちらりと見た。

「よかろう。受けてたつ」


2月19日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 チップの山がふたつ作られた。
 ふたつの勝負が同時に火蓋を切る。

 アルとロビンの戦い。
 アルが勝てば、ロビンとの彼我の勢力は逆転する。

 そして、ぼくはそのふたりを凌駕し、1位にならねばならない。2位以下なら、ぼくはここで退場だ。

 場札の三枚が出た。

「……」

 スペードの10、クラブの8、ダイヤのA。

(一枚のペアもできない……)

 なんの役も成立せず。
 だが、希望はある。

 四枚目の札がめくられた。

 スペードの8。

(……)

 ……き、希望はある。
 気づくと、ロビンの目がじっと見ていた。


2月20日  ロビン〔調教ゲーム〕

 ミハイルの顔に余裕はない。

 あいかわらず無表情にゲームしつつ、わき腹で苦悩をおさえている。
 奇跡続かず。最後にいいカードがこなかったか。

 一方、アルの顔には余裕だらけ。オールインしてきたからには、Aの一枚も持っていることだろう。ひょっとするとAのペアを並べてご満悦状態かもしれない。

 もっとも彼の場合クズ札でもご満悦顔ができるので信用ならない。

 だいじょうぶ。最後の札がAでなければおれは勝つ。最後の札がめくられた。

 スペードのJ。

 さよなら、アル。ミハイル。


2月21日 ミハイル〔調教ゲーム〕

「うおお」

 キースとエリックが歓声をあげた。
 ぼくは思わず大きく息をついてしまった。

最後はスペードのJ。

「ミハイルー!!」

 ぼくの手札はスペードの9とQ。場札をあわせ、8、9、10、J,Qのストレートフラッシュが成立した。

「……」

 みんながロビンを見る。
 ロビンもさすがにあぜんとしていた。

 ロビンの手は8のフォーカード。
 絶対に勝つ自信があったのだ。

 アルがかなしげに首を振った。

「残念。きみらに裸エプロンで当番してもらおうと思ったのに」

 アルは敗退した。決勝だ。


2月22日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 ぼくの資産は8万近くに回復した。

 ロビンもアルに勝ったため、アルの財産で大きくふくれあがった。

 だが、ロビンは言った。

「ミハイル、決闘しないか」

「?」

 次の一戦で勝敗を決めようというのである。

「今夜、あんたはツイている。でも、おれも悪くはない。ぐだぐだ取ったり取られたりするより、純粋に運勝負でどう?」

「自信あるんだな」

「自分を追い込みたいのさ」

 彼はいたって真顔だ。ぼくは正直あきれた。

(こいつ、本当のギャンブル狂なのか)

「わかった」

 ぼくは言った。

「結果には従えよ」


2月23日  ミハイル〔調教ゲーム〕

(ハートのK、ダイヤの4)

 三枚の場札がひらかれていく。

 スペードのK、ダイヤのA、クラブの4。

(Kのペア。勝てる)

 ロビンをそっと伺い見た。

 読めない。失敗に耐えるような、Aのペアが出来たと舌なめずりするような、なんとでもとれる顔だ。

 四枚目の場札――スペードの7。

 ロビンがチラをこちらを見た。はっきりと彼の目が光った。

(え)

 不安になりかけた時だった。

 キッチンでガラガラと派手な金属音がたった。
 水音、つづいてランダムが転がるように飛び出てきた。


2月24日 ミハイル〔調教ゲーム〕 

「うわ」

 キッチンの床には大量の湯がひろがっていた。

 鍋が落ちている。ガスの火がついていた。

 アルがふりむいた。

「ランダム、火傷してないか」

 ランダムは顔をゆがめ、両手を浮かせている。エリックがその手をひっつかみ、シンクで流水に当てた。

「ズボンもだ。湯をかぶった」

「何やってたんだよ、こいつは」

「これ」

 キースが言った。

「きみらにお茶を淹れようとしてたんだ」

 ぼくはギクリとした。台の上にみんなのマグがあった。
 ロビンの目がショックを受けたように大きくなった。


2月25日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 その後はゲームどころじゃなかった。
 救急車を呼んで、ポルタ・アルブスにランダムを連れていった。

 さいわい、火傷は軽かった。指に火ぶくれがちょっとできて、すねが赤くなっただけですんだ。

 彼を寝室に入れて寝かせると、みんなで居間に集まった。
 フィルがロビンに言った。

「さっきの勝負はきみの勝ちだ。7のフォーカード。ルールはきみが決めろ」

「……」

 ロビンは疲れたように首を振った。

「もうやらないよ。反省してる。この家では賭け行為は禁止だ」


2月26日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 翌朝、ランダムの部屋から声がした。

 のぞくと、ロビンが彼の手に軟膏を塗ってやっていた。

「おはよう」

 ぼくは中に入った。

「こいつ、レンジいじれるようになってたんだな」

「――」

「お茶を淹れるなんて、すごい進歩だ」

 ランダムの髪に触れると、彼は「ハハ」と笑った。

「ポーカー、禁止されてたんだ。家で」

 ロビンが言った。

「一時、はまりすぎちゃってさ。じいちゃんに怒られた。カード以外の人生を落とす気かって。忘れてたよ」

 彼はランダムを抱きしめた。

「ごめん、ランダム。もうしないよ」


2月27日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 再度の話し合いの結果、賭けゲームは節度をもって、ということになった。
 家事当番を賭けるのはナシ。お色気罰ゲームもナシ。

 ただ、全面禁止にはしなかった。
 この家に、今回のことを忘れて同じ愚をくりかえす馬鹿はいないからだ。

 われわれはランダムのためにガスレンジを買い換えた。消し忘れても鍋がカラになると自動で消えるやつだ。

 エリックは彼に紅茶を淹れる訓練をはじめている。そして、彼とフィルはまたマリカで戦った。
 フィルはまた靴磨きが決まったようだ。


2月28日  家令フミウス

 13デクリアのハムと飯を喰いました。

「マイスナーって知ってるか」

「ファビアン?」

「あいつ、うちにきたぞ」

 おやおや。
 いつのまにか異動になっていたようです。

「まあ、ファビアンなら13でもやっていけるね」

「どんな男だ?」

「……ご主人様がたの評判はいいよ」

「主人喰いか」

「……」

 ハムは言いました。

「あいつのいたとこは、アレだろ。総督の狩場だろ。なんかやらかしたな」

「……」

 わたしは弁護しました。

「まあ、13で問題は起こさないと思うよ」

「?」

「あいつは泥棒だけど、高級品専門だから」


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